19 February
詩誌『堅香子』第10号
詩誌『堅香子』は、岩手から出ている詩誌です。詩誌『火山弾』の内川吉男さんがお亡くなりになってから、ついぞ岩手からは詩誌が自分のところに送られてくるようなことはなくなり、なんとなく寂しく思っていました。そしたら、詩誌『火山弾』の同人のであった朝倉氏より詩誌『堅香子』が送られてきました。堅香子と書いて、なんと読むのかわかりませんでした。「かたかご」と読むのだそうですね。とても、力強い名前だと感じ入りました。29人の方が51もの作品を掲載しております。それぞれが、それぞれの顔をして生命を言葉に託しています。その中でも、小山小陽氏の「夜」という作品にとても親近感が湧いてきました。これは、私の好みからかもしれません。時間、粒子、明滅、波、などの宙(そら)や時の震えを感じさせる言葉が一杯詰まっております。二連ある作品「夜」の最初の一連を紹介させていただきます。
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07:12:56 |
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12 February
季刊『ココア共和国』vol.8
今回で著者である秋氏に送ってもらったのは、確か二度目だったかなと思う。最初の一度目は、なんとなく通り過ぎてしまった。自分でもよくわからない。で、今回だ。今日、すっきりとした気持ちで目を通したら、とても新鮮な雑誌に思えて仕方がなかった。この雑誌に「詩誌」と付けないことは、秋氏が敢えてそうしているのか、たまたまなのかわからないが、この雑誌は、まさに文字では見えない「詩」なるものがいっぱい詰まっている。
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13:33:41 |
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詩誌『方』第145号(終刊号)
とうとう『方』も終わったかと言う痛切な思いが沸き上がってきた。詩人佐々木洋一氏から最終号が送られてきた。最近は、ほとんど『方』は読んでいなかった。仙台の老舗の本屋「宝文堂」もなくなり、どこから詩誌『方』手に入れていいのやら、さっぱりわからなかった。佐々木氏が自分に最終号を送ってくれたのはどうしてなのだろうか・・・?。とにかく、自分にとって詩誌『方』は遠い存在で、同人になることで、宮城の一端の詩人である、と初めて言えることになるものだと思っていた。だから最終号の同人名簿を見て、唖然としてしまった。みんな、詩誌『方』を離れ、見捨てて旅立ったような気がした。
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25 December
ササヤンカの村第21便
言葉で言葉をイメージする。思いっきり、生きているっていう言葉をイメージする。すると、するりと出てくる言葉がある。佐々木洋一氏の詩「遠い日々」を読んでそう思った。一行一行の言葉が、屹立している。柔らかく温かいけれど、人を切り裂く厳しい表情をしている。時間をキル覚悟があるのだろう。喜怒哀楽、生死霧散の生命の鼓動を言葉で表す覚悟があるんだろう。親が子を思う気持ちと真逆で幼子は親を思う気持ちを持たない。自然を生きるための生理しかない。それを必死に食らいつき、親子の関係を築こうとする遠い日の、親子の日常を一瞬の言葉で唄い上げている。いつも詩の力を感じる詩人ある。
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11:18:09 |
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27 November
詩誌『霧笛』第2期第21号
気仙沼から出ている詩誌『霧笛』第2期第21号が届いた。この詩誌のほとんどの同人は、東日本大震災の被災地気仙沼市に住んでいる。この震災後に書かれ発行された第21号には、必然、震災のことを書いた詩やエッセイが多く収められている。それは、震災の当事者でない者が書く震災のこととは、精神の時間が違うし、精神の場所も違うし、精神の温度も違う。言葉では言い表わせられない、ぐるりと丸ごと人間を飲み込んだ力が、そのほとばしる言葉に込めら、表出されていると思う。震災を語ろうということでなく、自分自身が丸ごと震災になっているかのようなものだろう。詩誌『霧笛』の人達の詩の多くは、言葉と生活が直接に結びついたものが多い、だから表現はとてもわかりやすく美しい。そのままの言葉の語らいで、今回も同人諸氏は、作品を書いている。震災をどう表現しようかという思惑に惑わせられないで素直に表現している。しかし、その表現のなかに、はっとする震災の陰が顔を覗かせる。こういう状況の中にいるからこそ表現できる言葉がある。西条健一氏の作品を紹介させていただく。
(前略)
海に帰りたい
漁船の命は
大海で生まれ育ったのだ
と涙を流しながら
ぽつりと言っているようだ
今、陸に置かれたまま
命を終わらせようとしている
臨終を迎えた人間のように
何も語らず
風雨にさらされながら
朽ち果ててゆくだけだ
せめて最後に
一杯の海水を飲ませてやってください
その中には
たくさんの魚達の
匂いや声が詰まっている
漁師達の汗や声が詰まっている
(後略)
詩「海に戻りたい」中間部分
この詩は、眼前に船が横たわる状況の中にいて初めて表現できるものだと思う。何の衒いもなく、すっと言葉が伸びている。人間の悲しみ、家の悲しみ、動物の悲しみ、そして船の悲しみを、大いなるものを彷彿させるものいに向かって迸る言葉がある。
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02:30:01 |
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