Complete text -- "金子忠政詩集『蛙の域、その先』"

07 July

金子忠政詩集『蛙の域、その先』





 ここに書かれている言葉達は、沈黙する言葉ではけしてない。白日の下に曝された強烈な光を帯びた物達である。しかし、壇上に立って輝きを背にして、暗い影を従え、雄弁に語ろうとは、けっしてしないし。さらに、本心を共通言語で語ろうとはしない。その上さらに言えば、作者は口を膨らまし、肉を恥骨から無理矢理に引き裂く音や、腐乱するのど仏を掬い取る所作に近い声を響かせている。それは、日本語でああることの必然性を失ってしまうことを厭わない。

   ( 獰猛な魚の牙
     私の糸切り歯よ
     見えない雨に打たれるなら
     チラチラと火を吐け! )

             詩「圧倒的な無音を前に」導入部分



 視覚ではないものだ。思想でもないものだ。そして意味でもない。ましてや、否定でもない。しかし、凄まじい主張だと言える。

   夜気が気管にしみ入り
   青白い月がつきまとう
   靄の立ちこめた夜に
   「絶句せよ、絶句せよ」と
   また鳴く
   不眠の
   青蛙

             詩「蛙の域、その先」部分

 作者は、絶句せよと言い放つ。これほどまでの自虐的な主張をしなければならないとはいったいどういうことなのだろうか。言いたければ、そのまま声に出して、あるいは文字にして、さらに活字にして、言えばいいではないか。しかし、絶対的に語ろうとはしない。言葉で、日本語で、とりわけ序実的にはけっして主張しようとはしない。それは、語ることがないからではない。語ることで失うもの、切り捨てられるものがあるからなのだと思う。作者は限りなく、主張することで取り残されるものを穢してはいけない、と思っているのだと強く感じる。では、作者は、自分の言葉では語り尽くせないこに対して、ただただ絶句して、佇むだけなのだろうか。

   地にへばりつこうとする彼の音
   ぺたん、ぺたん
   俺の眼にいつまでも残響する
   この音は
   月のように遠くて近い
   どんな音と拮抗する?

   路上に引き出されるべき
   屍はどこにいる?

             詩「蛙の域、その先」最終部分

 作者は「ぺたん、ぺたん」と音を出して、失われたすべての者(物)達の上を吐息を吐きながら、声を出そうと必死にもがきながら円を描いている。どこまで続く道なのかわからないが、それがひと廻りすれば、きっと語るべきものが真の姿を現すに違いない。

 作者は、まだ誰も語ることのできなかった域に辿り着こうとしているのかもしれない。
 
16:27:50 | tansin | | TrackBacks
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