Complete text -- "石川准『人はなぜ認められたいのか』"

12 July

石川准『人はなぜ認められたいのか』


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 社会学者石川准が1999年に出版した書籍です。著者は、自身が全盲と言う大きな障害を持っているわけですが、障害者の視点から社会の事象を考えるということはしていません。どんな人間にも障害があり、全盲と言う障害もその一つというだけで、なんら特別視するものではないという障害を平準化した意識を持っています。それは、自分が高校時代の中途失明という困難を克服し、全盲で始めて東京大学に入学した学生となったことでもわかるように、大きな障害を克服してきた経験に裏打ちされたとても強固なものです。そして、そのことが人間社会を新鮮な視点で切り取り、意味付けをしてゆきます。繰り返しますが、障害者だからどうということではなく、同じ個性を持った人間として、人間はどうしてそんな行動をとるのか、とても鋭い視点で語ります。
 この本の副題は、「アイデンティティ依存の社会学」と書かれています。アイデンティティのことを著者は存在証明という言葉で表現してます。この本で書かれていることを自分なりに咀嚼すると、自分が自分であるためには、人に認めてもらうことが必要であり、そのために人間は振る舞い、行動するということです。

 それは、第8章の「なぜ性別を変えたいか」における性同一性障害の方の話を読むとよく分かります。身体は男性なのに、心は女性であるために苦しんでいる人間が、女性として生きる決意をし、戸籍を女性に変えたとしても、それに満足できずに、どうして性転換手術までしたがるのか。それは、身体が男性の人間を、社会が女性として受け入れないからだと書いています。自分が女性であることに自分自身が納得するだけでは人間は生きられず、身体的にも女性となって社会に認めてもらって初めて自分の存在に満足する、つまり存在証明ができたと考えるからだと書いています。

 先ほども書きましたが、どんな人間にも障害はあります。それは外見上はっきりと分かる身体的なものであったり、外見上は全くわからない精神的なものであったり、日常生活を送る上では障害とは言えないような小さなものであったりします。それを、違和感と表現しても良いかも知れません。狭い意味でのいわうる障害者手帳の「障害」ではありません。そして、その違和感を無くそうとすることが存在証明である人もいるし、逆に違和感を表出することを存在証明としている人もいます。そして、多くの人は、それが複雑に絡み合って生きていると思います。とても、難しい問題です。

 この本には、その他にも、「なぜ本当の気持ちはわからないのか」、「なぜ適切に振る舞おうとするのか」、「なぜ期待されると頑張るのか」など、社会の中の人間を知る上でとても機知の溢れる面白いことが書かれています。簡単なようで、考えると奥深くて、読んでいるよりも考える時間が多く過ぎてゆく本です。

10:40:06 | tansin | | TrackBacks
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