Complete text -- "詩誌『霧笛』第2期第22号"

10 June

詩誌『霧笛』第2期第22号





 発行が、平成24年2月15日だから、約4ヶ月ろくに読まずに放っておいたことになる。今、まさぐるように、それでいて気持ちよく、読んでいる。震災後の発行としては、2号目というが、まだまだ、当たり前のことだが、震災に関する詩やエッセイが多い。それが、偽語でないと素直に感じてしまうところが、この気仙沼から這い出ている樹々達の言の葉だということだろうか、それとも自分の先入観だろうか。辺見庸の詩集『眼の海』が頭の中でぐるぐると廻る中で、瀬戸内の穏やかな海に名指しがたい違和を感じながら旅をしていたのだが、その後にこの詩誌『霧笛』第2期第22号を読んで、すっと気仙沼の海が心の中に入ってくるように思えた。それは、辺見庸の眼に映る海とも違い、とても穏やかだが、とても悲哀に満ちている生活者としての海のような気がしている。そこには、無垢な生活が根付いている。


 今号では、三篇の詩がとても心に響いてきた。一つは、小野寺正典氏の「死人と言葉と」である。言葉とは無力であって、そんな言葉を紡ぐ詩人は死人であるという喩え、でも自分は言葉で詩を紡いでしまう戸惑い、それがとても穏やかで素朴な言葉遣いで表現されている。数多くの震災と名の付く言葉が、今、この日本では産み出されているが、その言葉達に感動してしまう、心を動かされてしまう人の中に潜む、想像することで緩む涙腺というものに、この詩は対峙しているのだと思う。もちろん、言葉を紡いでしまうその張本人にはもちろんのことだが。人は、簡単に他人の苦しみを詠うべきではないと、それを犯している自分自身への戒めのためにも、彼の言葉を心にきちっと植え付けておく必要がある。

 中段の二連を引用させていただく。

   頑張っている人に
   頑張ってくださいとは
   言うなと人は言う
   どうして
   言ってはいけないのか
   人は
   頑張ってくださいという言葉に
   そのままの意味の他に
   どんな意味を込めて
   話すのだろう

   受け取る側が
   素直に受け取れないと言うことか
   どうして
   もっと頑張れという
   意味になってしまうのか
   解らなくなった
   言葉を失ってしまった

            詩「死人と言葉と」中段二連

 及川良子氏は、詩「つらいことがあった後には」を載せている。この作品は、前号に載せた作品に加筆したものだと説明書きが最後にある。前号、彼女の作品を自分は確かに読んでいるのだが、ここまでに晴れ晴れした作品となっているとは感じなかった。今号の加筆された作品は、詩の明るい面構えを前にして、素直になれた。読んで良かったと思った。それほどまでに、彼女の透き通った感性が、生活を貫いていて美しい賛美歌のように響いている。『霧笛』で、ずっと彼女の作品を読ませていただいているが、その宝石のように小さくて、しかし綺麗で透き通った輝きが、両手から溢れるような大きさに成長しているような印象を受けた。そして、三つの詩に感銘を受けたと最初に書いたが、三作目が彼女のエッセイ「Nの目撃 一 メタセコイアの沼のそばで」である。これは、エッセイではなく、そのまますべてが詩になっている。それほどまでに、美しい言葉達です。

 敢えて書けば、大津波の惨劇に直面し、言葉を失い、詩人は死人だと語る小野寺氏と、家を失い、仮設住宅での生活を強いられる中でひたすら言葉を紡ぐ及川氏の、対照的なその語調に、どちらも真実だと思わせる力があるのだと思った。想像で物事を書くな、思考で物事を書くな、記憶で物事を書くな、過去の憐憫や体験など、これっぽっちにも、何にもならないのだということを、痛切に思わせてくれる、とても優しい言葉達である。

 詩「つらいことのあった後には」から最初の三連を引用させていただく。

   つらいことのあった後には
   かなしみを やすやすとは
   手放さないのがいい
   かなしみは自分だけの愛する宝

   つらいことのあった後には
   人が 近くなる
   眼の前に会えていることのうれしさ
   そこには身体があることのかけがえのなさ
   手をにぎりあおう
   何よりもぬくもりを求めあおう

   つらいことのあった後には
   とつとつ、語りだそう
   苦しい胸の内を ことばにうつして




06:34:44 | tansin | | TrackBacks
Comments

千田基嗣 wrote:

 小熊さん、有難うございます。小熊さんのじっくり温かな読みは、われわれ霧笛の同人を心から励ましてくれると思います。
 私などは、正典さんのナイーブさをついつい指摘したくなって、「頑張っているひとに頑張れと声を掛けることは、心理学とかカウンセリング的に言って、もっと長く継続して頑張り続けろと強要してしまうことになる場合がある。」などと解説したくなります。そして、いったん言葉を失ったことは良いことなのではないか、その上でやはり言葉を発しようとすることが良いことなのではないかなどと指摘してあげたくなったりしますね。
 良子さんは、素晴らしい。わが同人の中でも、良子さんは手放しで素晴らしい、とこのところ絶賛しています。霧笛同人中第一のお勧めです。珠玉のという形容がふさわしい。
 心根の純粋さ、だけでなく、言葉を深く探求している、学んでいると思います。「霧笛」を続けていて良かったと思わされます。
07/02/12 13:52:38

千田基嗣 wrote:

 あ、良子さんは、ある時にいったん言葉を失って、しかし、そのあとに、もういちど、奥底から紡ぎだしてきた言葉、だというふううに思えるということですね。
07/02/12 13:55:18
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