Complete text -- "詩誌『霧笛』第2期第21号"

27 November

詩誌『霧笛』第2期第21号




 気仙沼から出ている詩誌『霧笛』第2期第21号が届いた。この詩誌のほとんどの同人は、東日本大震災の被災地気仙沼市に住んでいる。この震災後に書かれ発行された第21号には、必然、震災のことを書いた詩やエッセイが多く収められている。それは、震災の当事者でない者が書く震災のこととは、精神の時間が違うし、精神の場所も違うし、精神の温度も違う。言葉では言い表わせられない、ぐるりと丸ごと人間を飲み込んだ力が、そのほとばしる言葉に込めら、表出されていると思う。震災を語ろうということでなく、自分自身が丸ごと震災になっているかのようなものだろう。詩誌『霧笛』の人達の詩の多くは、言葉と生活が直接に結びついたものが多い、だから表現はとてもわかりやすく美しい。そのままの言葉の語らいで、今回も同人諸氏は、作品を書いている。震災をどう表現しようかという思惑に惑わせられないで素直に表現している。しかし、その表現のなかに、はっとする震災の陰が顔を覗かせる。こういう状況の中にいるからこそ表現できる言葉がある。西条健一氏の作品を紹介させていただく。

        (前略)

   海に帰りたい
   漁船の命は
   大海で生まれ育ったのだ
   と涙を流しながら
   ぽつりと言っているようだ
  
   今、陸に置かれたまま
   命を終わらせようとしている
   臨終を迎えた人間のように
   何も語らず
   風雨にさらされながら
   朽ち果ててゆくだけだ
   せめて最後に
   一杯の海水を飲ませてやってください
   その中には
   たくさんの魚達の
   匂いや声が詰まっている
   漁師達の汗や声が詰まっている

        (後略)

             詩「海に戻りたい」中間部分

 この詩は、眼前に船が横たわる状況の中にいて初めて表現できるものだと思う。何の衒いもなく、すっと言葉が伸びている。人間の悲しみ、家の悲しみ、動物の悲しみ、そして船の悲しみを、大いなるものを彷彿させるものいに向かって迸る言葉がある。

 次に、及川良子氏の作品「つらいことのあった後には」のなかの一連を紹介する。

        (前略)

   つらいことのあった後には
   やがて
   やがて思い定めよう
   身を寄せるこの星は 我々のものではない と

       (後略)

             詩「つらいことのあった後には」中間部分

 及川氏は、リフレインのように「つらいことがあった後には」と繰り返し、悲しみ思うことの大切さ、手を握りあうことのあたたかさ、悲しみをつきねけた後の笑いの愛おしさ、などを繰り返したあとに、この一連の言葉を書いている。自分は、その表現にぞっとした。それは、この地球すら人類は借り物として、その上で生きていると感じるその大いなるものに出会った者でなければ感じれないことをいとも簡単に表現しているからだ。異常時を体験した者にしか書けない作品群が並んでいる今回の『霧笛』第2期第21号は永遠に忘れられない号となるはずだ。いや、忘れてはいけない号となるはずだ。
02:30:01 | tansin | | TrackBacks
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